「マルトリートメント」脳科学から考える子どもへの接し方
今話題の「マルトリートメント」という言葉、ご存知ですか?
「マル」は悪い、「トリートメント」は扱い。そのままつなげると、悪い扱い。つまり、マルトリートメントは「大人から子どもへの避けるべき扱い」という意味です。虐待より広い意味をもつ言葉です。
今回は、マルトリートメントを脳科学から考える子どもへの接し方についてご紹介します。
目次
ニュースの背景にある子どものマルトリートメント
突然ですが質問です。
次の3つの数字を使って、文章を作ってみてください。
この3つは関連する数字です。
「159,850」「19.5%」「28年」
正解は・・・
2018年度に、児童相談所が対応した児童虐待件数は、159,850件。
前年比19.5%増加。
統計を取り始めて28年間過去最多を更新中。
ニュースとして報道される虐待死亡事故の後ろには、これだけたくさんの虐待が隠れているのです。
続きまして、もう1問。
次の二つの数字を使って、文章を作ってみてください。
この二つは関連する数字です。
「921,000」「 1899年」
正解は・・・
2018年度の日本の出生数は、921,000人。
1899年以降で最少の出生数でした。
いずれも2018年度の数字です。
2018年度の虐待件数159,850件を、出生数921,000人で割ってみると・・・実に17.4%、約6人に一人の割合です。つまり、虐待は特殊な親の問題ではなくて、もしかしたらすぐ隣で、さらに、もしかしたらあなた自身にもおこる可能性があるということです。
脳の成長は何歳まで?脳の成熟のプロセス
最新の脳科学研究で、子育て中の皆さんに知っておいてほしい発見がありました。
発見をお伝えする前に、子どもの脳についておさらいしてみましょう。「おぎゃーっ」と産まれたときには、脳の重さは300グラム位。ごはんなら大盛2杯、ジャガイモなら2個、鶏卵Mサイズでは6個分!重さのイメージはできましたか?大人の脳の重さが1400グラム位なので、生まれたての脳の重さは大人の20%強です。小さいですね。
脳は生まれた直後からぐんぐん育ち、1歳の時に大人の脳の70%位、4歳頃で95%まで成長します。乳幼児期は、脳が育つ時期なのです。
子どものころに急成長する脳。
何歳位で、人の脳が成熟のプロセスを終えると思いますか?
15歳? 20歳? 25歳?
違います。
30歳頃になってようやく、前頭前野が成熟のプロセスを終えます。前頭前野は人の脳で一番大事なところ、人の心があるところともいわれているところです。4歳頃で95%まで成長したあと、時間をかけて30歳で成熟のプロセスを終える。
実は、これって人間の脳のすぐれたところなのです。なぜなら20代までは失敗しても大丈夫という仕組みを脳がもっているということです。どうぞ、安心して失敗してください。「えっ、もう30代こえてるんだけど!」と、心配しているそこのあなた、朗報です。
人の脳がすごいのは、神経回路の修復をしてくることです。もしかしたらちょっと時間はかかるかもしれませんが、修復します。安心してください。
マルトリートメントで変形する子どもの脳
では、脳が成長する乳幼児期に、親からマルトリートメントを受けるとどうなるでしょうか。子どもは、愛情をプレゼントしてほしい親から、不適切な扱いを受けるわけですから、慢性的なストレスを感じることになります。ストレスを受け続けると、腎臓にある副腎がストレスホルモンをどんどん出し、脳が影響を受けることがわかってきたのです。強いストレスは脳の様々な場所を変形させるのです。
マルトリートメントの種類で、脳の影響も変化します。例えば・・・
言葉の暴力
言葉の暴力を受けると、聴覚野という耳の近くにある脳の部位、音や、聞こえ、会話、コミュニケーションにとても大事な脳が変形します。脳の神経シナプスが伸びすぎて、まるで雑木林のような状態になります。小さな、大事な音が聞こえなくなり、心因性難聴になり、言葉の理解力も伸びません。IQの低下にも関わります。
体罰はよくないけど、怒鳴るくらいなら影響はないのではと思われているあなた、子どもにとって言葉は大切です。我が家は大丈夫?ちょっと振り返ってみてください。
体罰
厳しい体罰を受け続けると、感情を司る前頭前野が小さくなることもわかっています。厚生労働省が「愛のムチ0作戦」という広報をしています。16万人分の子どもを解析した結果、体罰はネガティブな親子関係を作り、望ましい影響などもたらさないということがわかったそうです。
前頭前野は犯罪抑制力に関わるため、阻害されると、何らかの非行を繰り返したり、薬物に手を染めることも。さらに、この領域は感情の一種なので、うつ病になってしまうこともあります。親は子どもの将来のためを思って、良かれと思って、お尻を叩いたりします。親にとっての「愛のムチ」が子どもの脳を傷つけるのは悲しいことです。明日から子育ては「愛のムチ0作戦」でいきましょう。
夫婦の激しいケンカ
父親と母親の激しい夫婦ゲンカを目撃させる行為も、マルトリートメントです。視覚野という、脳の後頭部にある視覚的な情報を一番に取り入れる場所が小さくなることがわかっています。その夫婦ゲンカが、身体を攻撃するものと暴言をはくもの、どちらの場合が脳に影響が大きいと思いますか?
実は暴言の目撃の方が6倍も影響が大きいのです。
「口喧嘩くらいなら大丈夫」は大人の都合。喧嘩するのが悪いのではありません。喧嘩をするときは、お子さんの見えないところでお願いします。
スマホ・タブレット
子どもにずっとスマホやタブレット与えている、授乳中にもずっとLINEをしたり動画を見たり。スマホ育児も影響があることがわかっています。親子の貴重なコミュニケーションの時間がなくなると、右脳と左脳を繋ぐ脳梁(のうりょう)というところが小さくなるのです。
脳の修復方法「アタッチメント」
ここまで読んで「どきっ」と手に胸をあてて反省しているあなた。きっと一人ではないはず。かく言う私も、自分の子育てでは、ここに書いたあんなことも、こんなことも経験があります。「保育士」だからさぞ素晴らしい子育てをしているだろうは、幻想です。(いえ、あくまでも私の場合はです!ごめんなさい、世間の保育士の皆様!!)
でも大丈夫です。覚えていますか?脳は修復することができるのです。
修復のポイントは「アタッチメント」親と子の絆です。心理的な結びつきや接着剤になるものです。アタッチメントは脳の栄養剤。脳を修復してくれます。アタッチメントは難しいことではありません。ただ、ちょっと意識してほしい行動があります。
1つ目は目と目で見つめあうということ。視覚入力です。
2つ目は手と手で触れ合うこと。触覚入力です。
そして3つ目がほほ笑む、あやす、語りかけるです。聴覚入力です。
この3つの行動がアタッチメントを形成し、子どもは安定した発達をしていきます。
ただ、もう一つ越えるべき壁があります。
マルトリートメントを経験した子どもは、意欲、喜び、ご褒美への脳の働きがとても弱いということもわかっています。脳が物語っているのは、「普通の子以上に褒め育てをしなさい」ということです。何回も根気よく向き合って話を聞いたり、一生懸命寄り添い、褒めて、認めてあげる。他の子ども以上に褒め育てが必要なのです。何度も繰り返し、根気強くです。
子どもの脳は無限大です。どんなマルトリートメントを受けてきても、褒め育てによって、きちんと元気になって回復する力があるのです。子どもの力を信じて、明日からの子育てに役立てていただけると嬉しいなと思います。
もっと詳しく学びたい方は、以下の書籍をぜひお読みください。子育てが変わります。
<マルトリートメントに関するおすすめの書籍>
友田明美「その育児が子どもの脳を変形させる~ほめ育てで脳は伸びる」PHP出版 2019
友田明美「子どもの脳を傷つける親たち」NHK出版 2017
友田明美「脳を傷つけない子育て」河出書房 2019